大阪の変化、街は息づいている 〜 大阪の街の変貌、道頓堀にアメリカ村に。

こんにちは。EmiLia( エミリア)です。

たまたま出張の際のホテルが心斎橋だったので、10年近くぶりに大阪のミナミへ。

新入社員時代、心斎橋から歩いて20分もかからないところに住んでいたので、食事なども含めて週に何度も訪れていたミナミ。

その街が海外からの旅行客などとともに、様変わりしていた。

道頓堀

TVでよくみる風景。

道頓堀から見えるビルも変わっている。

変わらないのはグリコと改源くらい?

橋も立派になって、川沿いを歩けたり。

ひとつひとつの看板の存在感がすごい。
大阪ならでは・・・⁉︎

戎橋筋商店街も人で埋め尽くされている。

アメリカ村

ホテルがアメリカ村(アメ村)に近かったので、ふらりと寄る。

アメ村の三角公園などは、高校くらいから来ていないかも知れない。。。

意外にたこ焼きの甲賀流は並んでいなかった。
甲賀流の左側のビルでは、こどものダンスのコンテストみたいなのが開催されていた。

神社の横まですごい列だと見てみたら、タピオカのお店のよう。

ググると、原宿ラフォーレのNONARA PEARLお店のようで、大阪に出店してきたみたい。

東京でいうと原宿なのか下北とかなのか?
でも、このエネルギーの感じは大阪ならでは感じはする。

夜の街

夜になって、食事を終えて、ホテルに帰る道すがら。

夜の道頓堀の景色。
日曜22時をまわっているのに、この人、人、人。

街が大阪のひとのための街でない印象を受けた。

少し離れた金龍ラーメンの流れる空気は、ローカルの大阪の雰囲気が残っている感じがする。

「ここが大阪かー」、異国の街のどこかに舞い込んだ気分

しかし、東京でも豊洲の移転しかり、渋谷の再開発しかり、5年、10年経ったならば、人の生活の変化、海外からの人の流入で違った街ができているのだろう。

毎日を普通に過ごしていると見失いがちな視点を気づかせてもらった。

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久々だと少し酔ってしまうけれど、また、その変革のエネルギーに触れにきたいと・・・。

EmiLia

この記事を書いた人

EmiLia

一部上場企業に勤めるアラフォー女性管理職。

2度の駐在経験の後、商品企画を長く担当して、いまは、同じ社内でもカルチャーが全く違う管理部門で日々奮闘中。

「仕事」も「プライベート」も、どちらもあきらめない。

仕事でのアウトプットはしっかり出し、キャリアも積みながら、
プライベートにもフォーカスして、食や旅、学び、美・健康など、毎日ブログを更新。

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