近藤サト氏「一歩踏み出す勇気で、自分らしさを手に入れる」① 〜 グレイヘアのきっかけとは?

こんにちは。EmiLia( エミリア)です。

グレーヘアーにされた近藤サトさん、文面ではさらりと読んだことはあるけれど、
お目にかかってお話を伺うのは、初めてのこと。

みなさんご存じかと思いますが、元フジテレビアナウンサーの近藤サトさんのWikipediaをご参考。

冒頭に。

近藤サトさんが、冒頭に触れられた話題。

主催者の方に「今日はお若い方が多いのか?」と問われたそうだ。

返答は、「そうでもないですよ。40代とか50代とか」と返ってきたとのこと。

ハタと気づかれたということだったけれど、
「年齢でくくるのはよくない。」といつも思っているのに、
そう思うご自身がいたとのこと。

グレーヘアーからの学び

女性が一歩を踏み出す。

ということについて、謙遜を交え、
「ひとに言えるほど、立派に生きてる訳ではない」と。

ただ、「グレーヘアーを隠さない。」、
そこから学んだことを・・・とお話が始まる。。

近藤サトさんの人生

いろいろあった。
そこからグレーヘアーを受け入れることによって、
「新しい一歩、ステージに移行」したと。

#KuTooの動きのようなハイヒール、
接客業の方のメガネ、スカート、生理ちゃんなど。

女性が働き始め、男性と対等にの論調。

ただし、自由を得たわけでない。
本質を(しっかりと)みる。

言い換えれば、男性と同じ、対等ということは、
自由だけでなく、リスクもどんどん増している。

みんなさんに「白髪にしよう」とは言っておらず、
「染めてもいいし、白髪でもいいし。」という選択。

理由

グレーヘアーの理由。

近藤サトさんは、20代後半から若白髪だったそうだ。

アナウンサーという仕事、
テレビ局は男性が多い。

男性が中心に回っている世界。

女子アナウンサーという職業は、
古い概念の中におかれた女性たち(の像)。

美しい、若い、きれい。お嫁さんにしたい。

モデルなどとは違い美しすぎず、
心が休まるような存在。

アナウンサーは、女性のロールモデルを求められる。
当時は。

白髪を染めるのが毎月になり、3週間になり、
更年期に花粉症からはじまるアレルギー。

頭皮だけでなく、顔にもアレルギーの症状が。

病院にも行ったけれど、よくならない。
染色がよくないとは分かっているけれど、やめられなかった。

(白髪が)女らしくないから。
みっともないから、と。

きっかけ

きっかけは、東日本大震災。
防災用品を備蓄する際に、
何かあったら白髪が目立つ。
美容院が営業しなくなったら・・・、との思いで、
薬局で購入し、防災グッズの中にセットされたそうだ。

そこで愕然とされたそうだ。

「何て、人間として底の浅い。」、と。

追い込まれたからこそ、
パンッと気づけたと振り返られる。

強要していた社会、風土は何か?ということ。

白髪について、決して誰かに言われたわけでない。

もっと自由であるべきではないか?と。

誰でもなく、自分で自分を騙していた。

そして、白髪を染めることをやめたそうだ。

鏡をみては、びっくりする。
老けた自分。

2年くらいは、あたふたされたとのこと。
(心の整理に、それだけの時間を要していたことを知る。)

グレーヘアーへの変化にそんな葛藤、裏側があったとは。

続きは、また、別の記事に・・・。

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この記事を書いた人

EmiLia

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一部上場企業に勤めるアラフォー女性管理職。

2度の駐在経験の後、商品企画を長く担当して、いまは、同じ社内でもカルチャーが全く違う管理部門で日々奮闘中。

「仕事」も「プライベート」も、どちらもあきらめない。

仕事でのアウトプットはしっかり出し、キャリアも積みながら、
プライベートにもフォーカスして、食や旅、学び、美・健康など、毎日ブログを更新。

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