『自己犠牲』って美しい?

こんにちは。EmiLiaです。

4月も残り少し、みなさん、いかがお過しでしょうか?

みなさんは、「ヒトの幸せのために『自分が犠牲になってもいい』」と思っていませんか?

日本らしい美学?

10年ほど前の自分は、まさにそのスタンス。

「周りが幸せであれば、自分はどうなってもいい」

自分より、ヒト。

それが正しいと、

思い込んでいた。

自分の気持ち

常に、人のことを気にしていて、
人からどう見られているかを気にして
人からの期待に応えられているかを気にして

自分はないがしろ。

「自分のこころ」に向き合うこともなく、

自分自身がカサカサしていても、「周りに幸せをまいている」こと、

それがまわりまわって、自分の幸せになるのだと信じていた。
疑うこともなく。

枯渇感

夜中まで働く毎日、

本社 経営層の意向と、現地法人との意見が噛み合わず、
何度も現地に出張して、意見をかわすが、結果に結びつかない。

「自分がやらなければ」

そんな境遇になれば、なるほど、

「わたししか」、
「わたしがやらねば」、

といった責任感を背負う。

苦しい思い

何とか、企画の突破口を見出すが、

達成感がない。

もがく日々。

今となっては

そんな八方塞がりが、
今となっては、よかった。

と、思う。
光明

必然

まわり道かも知れない、

けれど、

通るべき道だったんだと、思える。

みなさんの今日が、明日に繋がっていますように。。。

EmiLia

この記事を書いた人

EmiLia

EmiLia

一部上場企業に勤めるアラフォー女性管理職。

2度の駐在経験の後、商品企画を長く担当して、いまは、同じ社内でもカルチャーが全く違う管理部門で日々奮闘中。

「仕事」も「プライベート」も、どちらもあきらめない。

仕事でのアウトプットはしっかり出し、キャリアも積みながら、
プライベートにもフォーカスして、食や旅、学び、美・健康など、毎日ブログを更新。

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