エチオピア旅行記 〜 ラリベラ 岩窟教会群と巡礼の人々③、元日の朝

こんにちは。EmiLia( エミリア)です。

2019年、エチオピアで迎える元日の朝の日差し。

聖地だからだろうか、引き込まれるような神々しさ。

ひとつだけ、離れたところに位置する教会へ、次の目標を定める。

これまでの記事はこちらに。

癒される日射しに導かれ流ように。

道しるべがほとんどないので、合っているのかは今いちよくわからないけれど、
それらしき方角と、道ゆく人の流れについて行って、

ミサのようなものが行われている場所へ。

聖ギオルギス教会

昨日のエチオピア人が言っていたのは、このことか。

と、納得がいく。

想像していたより大きなミサ。
白い衣装をまとった巡礼者たち。

内容は全く理解できないけれど、マイクを通して説教のような。

聞き入っているエチオピア人たち。

また、続いて、賛美歌(?)がうたわれる。

四方八方、

巡礼者の人の群れが。

ふと、視線を下に落とし、覗いてみると、
ひとが見える。

どうやら真ん中にくり抜かれている十字架の中が、教会のようだ。

教会への道

下(教会)に降りれる道を探して、降りていく。

少しは慣れてきたけれど、降りていく道は、
一人が通れるほどの狭い幅、

戻ってくる人と向かう人とで、押し合いながらの行き来。

ふと、教会へ向けての途中、
その手間の空間にも祈りの空間が。

楽器とともに祈りが捧げられている。

岩窟教会

くり抜かれた一枚岩の教会は、こちら。

中に入ると、

さきほどと同様に、宗教画に向けてお祈りする人びと。

教会ないの天井はこのような感じ。

教会の周辺。

空を眺めると、先ほどのミサに参加する人が見える。

また、戻る手間の空間。
引き続き、祈りは続いており、異なる祈りが、

捧げらられているのを通りながら見つつ、

元の道を戻る。

こんな風に、自分のサンダルが間違わないようにだろう、
ある意味秩序を保ち、岩肌に置かれている。

上に、戻ると、

群衆がさらに増えていた。

起きる道端の生活

聖ギオルギス教会を後にすると、
薪を集めたり、

朝の生活の息吹が始まっていた。

元日の朝が稼働。
(エチオピアでは新年ではないけれど。)

エチオピアでは、1/7のエチオピア暦のクリスマスまで、祈りの日々が続くのだそうだ。

人びとの朝の往来。

エチオピアでは、このように長い木だったり、様々なものを肩に背負って歩く人をよくみる。

アフリカのキリスト教

今回の旅、アフリカでのキリスト教がどのように根ざしているのか、
それを肌で感じたかったのが目的。

想像していたものとは、違ったけれど、人びとの祈りの姿が印象に残った。

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この記事を書いた人

EmiLia

一部上場企業に勤めるアラフォー女性管理職。

2度の駐在経験の後、商品企画を長く担当して、いまは、同じ社内でもカルチャーが全く違う管理部門で日々奮闘中。

「仕事」も「プライベート」も、どちらもあきらめない。

仕事でのアウトプットはしっかり出し、キャリアも積みながら、
プライベートにもフォーカスして、食や旅、学び、美・健康など、毎日ブログを更新。

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